「本格ミステリ作家クラブ通信」第59号

1.第15回「本格ミステリ大賞」決定

 2015年5月12日、台風が接近しているなか、光文社の会議室で、第15回本格ミステリ大賞の公開開票式が行われた。投票総数は86通。会場には、会員、賛助会員が多数出席、アンソロジー文庫版の購入者特典として抽選で選ばれた一般読者の参加もあり、例年通り、大盛況のなかでの開催となった。開票式は、厳重に保管されていた投票用紙を北村薫委員が開封、文字数をチェックした後、法月綸太郎会長が票を読み上げる方法で進められた。
【小説部門】は、『さよなら神様』が一歩リードし、他の各作品が追いかける幕開けだった。中盤以降は、『僕の光り輝く世界』に票が集まり、二作品の接戦となった。一票を読み上げるたびに緊張感が高まり、終盤は『さよなら神様』が僅差で振り切った。
【評論・研究部門】は、序盤から終盤まで『アガサ・クリスティー完全攻略』が独走を続け、他の作品がどこまで追いつけるかを見守る展開となった。
 開票作業の終了後、執行会議のメンバーが最終確認を行った結果、以下の得票数が確定した。

【小説部門】 有効投票数 54票
『黒龍荘の惨劇』岡田秀文 7票
『さよなら神様』麻耶雄嵩 19票
『僕の光輝く世界』山本弘 16票
『フライプレイ!』霞流一 8票
『冷たい太陽』鯨統一郎 4票

【評論・研究部門】 有効投票数 32票
『アガサ・クリスティー完全攻略』霜月蒼 21票
『大癋見警部の事件簿』深水黎一郎 3票
「情報化するミステリと映像」渡邉大輔 1票
「ループものミステリと、後期クイーン的問題の所在について」小森健太朗 1票
『路地裏の迷宮踏査』杉江松恋 6票

【小説部門】
『さよなら神様』麻耶雄嵩 (文藝春秋)

【評論・研究部門】
『アガサ・クリスティー完全攻略』霜月蒼(講談社)

 以上。

◎受賞の言葉

  麻耶雄嵩
「さよなら神様」は10年ほど前に出た「神様ゲーム」の後続にあたる物語です。といっても登場人物や舞台のみならず、神様の容姿も全く別ものになっています。
容姿まで変えたのは、重要なのは神様そのものではなく神様が持つ絶対的な機能だけなことを強調したかったためです。
「神様ゲーム」では無条件に真実を語ることができる神様を軸に話が展開しましたが、「さよなら神様」では、その次のフェイズに進みたいということと連作短編集ということもあり、中盤以降、神様の存在すら逆手に取る、いわば絶対的に真である神様の言葉をいかにミステリ的に遊び倒すかを主眼に考えました。
一人称なため地の文が存在せず、作品中で確かなものは神様の言葉だけ。にもかかわらず、神様の言葉からは混沌しか得られない。
冒頭からの犯人の指摘と併せて、逆説的で面白いと感じ取り掛かったのですが、それゆえ、ともすれば神様自体が遠景に退きがちになり、腫れ物に触るような扱いになったため、全体が人工的、遊戯的すぎると痛感することも多々ありました。
今回、本格ミステリ大賞をいただいたことで、目指した道は誤っていなかったんだなと、喜びと同時にほっとしているところです。
本当にありがとうございました。

  霜月蒼
 異種格闘技戦。『アガサ・クリスティー完全攻略』をそう形容した感想を見たことがあります。確かにそのとおりです。私はノワールに代表される現代クライム・フィクションについて主に文章を書いてきましたし、クリスティー全作レビューに挑むにあたって武器になるのは、素人の蛮勇だけだと思っていたのです。
 とはいえ、尖鋭的な批評が数多く書かれている本格ミステリの分野に素人が切り込んでいくわけですから、不安は大きなものでした。作品に相対する都度、自分のなかのミステリ観を総動員して、ガチの勝負をしていったつもりです。
 その結果として生まれた本書を、本格ミステリ大賞というこれ以上ないかたちで認めていただけたことは、望外の光栄です。これを機に、『カーテン』や『終りなき夜に生れつく』や『ポケットにライ麦を』といった作品を新たな眼で楽しんでいただけたなら、素人の蛮勇は報われたのだ、と、私は胸をなでおろすことができそうです。ありがとうございました。

(2015.5.17発行)

「本格ミステリ作家クラブ通信」第60号

1.第14回〈本格ミステリ作家クラブ〉総会報告

 2015年6月27日、日本出版クラブ会館「きくの間」にて、本格ミステリ作家クラブの第14回定期総会が開催された。

(1)議長団の選出
 会則26条に基づき、執行会議のメンバーから以下の議長団を選任した。
 議長・黒田研二  副議長・芦辺拓  書記・円堂都司昭

 議長団は拍手多数をもって承認された。また議事進行において特に異議のない場合は、拍手で承認することを確認した。

(2)法月綸太郎会長の挨拶
 昔の人たちの仲良しクラブではなく、全世代に向けた本格の団体になっていくために、世代交代を痛感させられることが多い昨今です。今年は仲入りの十五周年ということで、ホームページもリニューアルし、数年前から行っている書店さんとの合同イベントに加え、若い人に向けた新しい取り組みも企画しています。これからが本格小説ないしは出版全般の正念場ですので、今年を節目の年にして、二十周年に向けて頑張っていきましょう。

(3)定足数の確認、入退会者の承認
 出席者34名、委任69名で、合計103名となり、正会員数の171名の半数を超えているので定足数を満たし、会則27条により総会が成立した。

 続いて執行会議が承認した新入会員について議長から簡単な紹介がなされた後、

植田文博 ウォン・ホーリン(芦辺拓/有栖川有栖=推薦)
宇田川拓也(法月綸太郎/三津田信三=推薦)
小田牧央(法月綸太郎/円堂都司昭=推薦)
川辺純可(北村一男/知念実希人=推薦)
菅原和也(法月綸太郎/北村薫=推薦)
早坂吝(麻耶雄嵩/円居挽=推薦)
松川良宏(芦辺拓/有栖川有栖=推薦)
湊かなえ(北村薫/佳多山大地=推薦)
明利英司(三津田信三/法月綸太郎=推薦)
吉田恭教(太田忠司/知念実希人=推薦)

 以上11名の入会が全会一致で承認された。

 続いて二階堂黎人、伊井圭の両氏の退会が報告された。

(4)第14期活動報告
 東川篤哉事務局長より、第14期の活動内容が報告された。同内容は会報を通じて会員に報告済みなので省略する。

(5)第14期会計報告
 会計担当の麻耶雄嵩より第13期会計報告が行われた後、監査の柄刀一による監査報告が行われ、問題がないことが確認された。別紙「第14期決算」および「収支決算書」を参照。総会配布の「監査報告書」のプリントは省略する。

(6)現役員の任期満了に伴う新役員の専任
 選挙管理委員の乾くるみと青柳碧人によって現役員の任期満了に伴う役員改選選挙確認を行い、乾くるみが報告した。立候補者12名、会員2名以上推薦の3名が承認された。 第15期執行委員は、以下の通り。

会長・法月綸太郎
事務局長・東川篤哉
執行会議・芦辺拓、円堂都司昭、大崎梢、太田忠司、北村薫、北村一男、霧舎巧、黒田研二、千澤のり子、鳥飼否宇、麻耶雄嵩、三津田信三、遊井かなめ

以上の15名で、2年間の任期で、第15回本格ミステリ大賞トークショーイベントの翌日より新体制を開始する。

(7)本格ミステリ大賞選考の見直し
 本格ミステリ大賞の見直しは2年に1回で、本年は該当しないため、省略する。

(8)第15期(15年)活動計画・予算案
 東川篤哉事務局長より第15期の活動計画、麻耶雄嵩より予算案についての説明がなされ、承認された。

(9)創立15周年イベント企画
 大学の学祭で本格ミステリ作家クラブ15周年イベントを行うと企画担当の三津田信三から説明がなされた。11月7日、歴代会長とクラブの発起人から何名かでトークショーを行った後、サイン会を行う予定である。場所は大学側の事情により、現時点では発表できない。

(10)公式ウェブサイト及び会報等の電子化
 公式サイト担当の黒田研二よりリニューアルの目的と今後の方向性、続いて、英訳サイト制作について芦辺拓より説明がなされた。会報の電子化については要検討中である。

(11)今後の運営について
 これについて自由に意見を求めたところ、以下の質疑応答、意見の表明等があったので抄録する。

有栖川有栖(執行会議・芦辺が伝言を受ける)◆会費未納で退会になった元会員の作品が作家クラブのアンソロジーに収録された際の印税給付等について検討してほしい。
円堂都司昭◆アンソロジーの制作過程は作品選考委員3名が収録作を選び、執行会議で承認後、印税率と支払いも提示した同意書を該当作家と取り交わす。会員か否かの区別は関係なく、本格ミステリとして優れたものを収録するという方針に基づく。本件はすでに契約後であるため、対象の元会員には報告を行い、文庫化の際に交渉する可能性はある。会費未払者は退会というペナルティで一区切りついているのではないかと総会直前の執行会議では話し合った。
深水黎一郎◆会員と非会員で印税率が異なると3年前の総会で聞いた記憶があるが。
円堂都司昭◆それは移行期だけで、一時的な処置だった。現在は財政の都合上、一律にしている。今回の未納で退会した会員が対象となるのは初めてのケースだが、作品本位で選ぶという姿勢を貫きたい。
深水黎一郎◆選考に関しては正しい姿勢だと思う。
波多野健◆会費未納は会計上どういう処理をしているのか。
事務局◆現金に替えたものを計上し、未収債権など未収金の扱いは行っていない。
中山七里◆本格ミステリ大賞の候補作を全部読むのが時間的に困難なのだが、投票締め切り延長できないだろうか。
黒田研二◆時間が空いたことで投票率が上がるならば、今後の検討材料にする。
中山七里◆地方在住だと、候補作を全て揃えるのも困難である。関東と関西のミステリクラブの会員も加えたら投票母数が上がるのではないだろうか。
法月綸太郎◆全作を読んで投票し、一定字数以上の選評を公開するという今の形式がベストだと考えている。プロフェッショナルな本格の書き手が選んだ賞であるため、他の団体に投票を依頼するのは主旨が異なる。総会の時期から逆算すると、ゴールデンウイークに読んで投票するのが最適ではないか。予選委員が候補作を決めるのも2月中旬より前にするとさらなる負担がかかる。なので、会員各自が時間調整をしていくしかない。ただし、投票数を増やすための案として真摯に検討したい。同人誌掲載などの収入困難な候補作は事務局で手配するとアナウンスしているし、ネット書店や電子書籍の利用も各自で検討してほしい。
伯方雪日◆紙と電子書籍でバージョンが異なる場合は投票の対象になりますか。
黒田研二◆規約第7条32項では有料販売されている電子書籍は対象とするので、候補にあがる可能性はある。
伯方雪日◆電子書籍でしか出ていないものでも対象になるのか。
法月綸太郎◆なる。バージョン違いは候補作を決める段階で予選委員が補足説明をつけて対応するが、検討材料とさせていただく。

質疑応答終了後、イベント担当の北村一男から授賞式翌日の記念トークショーと合同サイン会について説明がなされた。

2.第15回「本格ミステリ大賞」贈呈式の報告

 第15回定期総会の後、日本出版クラブ会館「鳳凰の間」で、第15回「本格ミステリ大賞」贈呈式を開催した。贈呈式は会員の杉江松恋氏の司会で進行された。当日は約130名の方々に出席をいただき、盛況のうちに幕を開けた。

 東川篤哉事務局長から「本格ミステリ大賞」決定までの経過が報告された後、法月綸太郎会長から『さよなら神様』で小説部門を受賞された麻耶雄嵩氏、『アガサ・クリスティー完全攻略』で評論・研究部門を受賞された霜月蒼氏(霜月氏欠席のため担当編集者が代理)に、賞状と正賞のトロフィーが授与された。

・麻耶雄嵩氏の受賞コメント
『さよなら神様』は連作短編です。短編なので最初の設定と最後の締めとアウトラインはあったのですが、途中は本数も含めてまったく考えていなく、その場その場で考えるという作品でした。そういうわけで1作書いたら次のことを考え、後半以降は終盤を見据えてまた考えないといけませんでした。長編だったら最初に苦しんで、走り出したらある程度進められますが、短編だと毎回毎回苦しむというパターンになり、酒の量も増えました。今回、皆さんに選んでいただいてこういう賞をとれたので苦しんだ甲斐があったと思います。皆さん、ありがとうございます。

・霜月蒼氏の受賞コメント
栄えある賞をいただき、感無量です。ミステリ評論家はレビュワーとクリティックの2つにざっくり分けられると思います。わたしは前者です。1980年代に海外エンターテイメントを広めた内藤陳さんが自身を称していたような「おすすめ屋」でありたいと思ってきました。ですから、霜月蒼という書き手は面白い本と読者をつなぐ媒体です。主役はこの媒体の両側にいる本と読者だと思っています。仮に本書にミステリ論としての面白さが読まれているなら、それはきちんとしたおすすめをしようとわたしなりに奮闘した結果の賜物です。面白さをちゃんと捕まえ、誰かに届くように考えて言葉を磨いた結果がつながったのでしょう。ディープなミステリファンにとって読むに足る内容とともに、まだミステリに深入りしていない人たちにクリスティの面白さ、ミステリやスリラーの面白さを伝えたいと思いました。内藤さんの書評を知った14歳から、大学でミス研に入り鬼のような先輩たちに教わった21歳までの7年間は、自分の知らなかった傑作を絶え間なく読めた最高の読書生活でした。こんな時間を、本書を読んだ誰かにもたらすことができたなら、それは最大の幸福です。今回は本当にありがとうございました。

 受賞の言葉に続き、日本推理作家協会の北村薫理事よりお言葉をいただいた。

 同会場では引き続き祝賀パーティが行われた。喜国雅彦氏の乾杯で始まったパーティは大盛況となった。

(2015.8.20発行)